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ブラームスがクララ・シューマンに出会ったのは1853年20歳のとき、クララはブラームスの14歳年上で、しかも夫である作曲家、ロベルト・シューマンは病気にかかって伏せっていることが多かった。さらに、すでに、クララには夫との間に7人の子どもがいた。

 

1856年ロベルト・シューマンは、病が快癒せず、惜しくも46歳の若さで早世。それからというもの、クララは、7人の子どもを育て、一家の家計を支えていくために、東奔西走する。弟子たちを指導するかたわら、コンサート・ピアニストとして、当時のイギリスからロシアにまで及ぶヨーロッパほぼ全域を、演奏して回る日々が続くことになる。ブラームスは留守宅に出向いてクララの子どもたちの面倒をみてあげたことも書簡集には記されている。

 

14歳の年の差をものともせず、ブラームスは、尊敬していた先輩作曲家ロベルト・シューマンの妻クララに憧れをもち、書簡のやりとりを続けたのである。

クララはブラームスに対して、複雑な感情が入り交じっていたことが書簡集からみてとれる。ブラームスとクララの間に交わされた207通にも及ぶ書簡には、14歳下の才能ある若き音楽家に対する、クララからは、叱咤激励、母性の愛、さらに同じ音楽家としてのさまざまな演奏上の苦悩や喜びを分かち合うことをブラームスへの手紙に書いている。

 

一方、ブラームスはクララへの手紙で、男手のいない家の切り盛りへのアドバイス、プライドを傷つけないシューマン家への経済的援助。クララに会えないさびしさや思慕をひたすらつづっている。しかし、クララは、亡くなった夫ロベルトへの揺るぎない信頼を保ち続けながら。ブラームスにはしかるべきお嫁さんをみつけてほしいとも。

 


 

書簡の文頭や末尾に、14歳年下のブラームスは「心から愛するクララ」とか「愛するクララ」とか「最愛のクララ」といった言葉が見える。一方、クララも「愛する友よ」「愛するヨハネス」「あなたの昔のクララ」と、ブラームスへの依存度を高めた表現に変化している。

 

クララが、手紙の最後の部分にしたためてくる「愛するヨハネス」という文言に、ブラームスは、どれだけ、心をどきどきさせたことか。

 

私はブラームスの本当にささやかで、ほのかで、控えめな男の気持ちを考えると、ブラームスの「クララに愛されたい」という願望が垣間見られて、「ブラームスは本当に純粋な人だったんだな」と本当に同情してしまうとともに、今の男性にとっても近しい存在としてブラームス像が再び浮かび上がってくるのを感じる。

 

この書簡のやりとりは、1853年11月16日ブラームス20歳のときに始まり、1896年の5月8日 クララの死の12日前までなんと43年間に、残っているだけでも207通もの書簡のやりとりが、途切れることなく続けられるのである。

 

 

ブラームスとクララの愛の特別な関係は、後にフランスの女流小説家フランソワーズ・サガン(1935から2004年)の『ブラームスはお好き』という小説のモチーフとして使われ、この小説は1961年には『さよならをもう一度』(原題『グッバイ・アゲイン』米・仏)で映画化もされている。メガホンをとったのは、アナトール・リトバーグ(1902から1974年)という旧ロシア帝国キエフ生まれで1956年にはイングリッド・バーグマンを起用して『追想』(米)を監督している巨匠。弟子にはカラヤンの音楽映画(1966年)のメガホンをとったアンリ=ジョルジュ・クルーゾー(1907から1977年)がいる。

 

映画のなかでは、25歳少壮の国際派弁護士の卵でアメリカからパリへ修行に来ている青年フィリップ(アンソニー・パーキンス)が、パリ在住で40代の装飾デザイナーの独身女性ポーラ(イングリッド・バーグマン)を一方的に好きになるという筋立てになっている。

 

ポーラは15歳以上も年下の青年に誘われて、ふたりは日曜のブラームスの演奏会に行く。性急な青年のデートの申し込みに、自身年の差にとまどいつつも、「ブラームスの演奏会に男の子に誘われたのは17歳の少女のとき以来」と、どこかでそわそわする女性。

 

ここで前半に演奏される音楽もブラームスの交響曲第1番の第4楽章である。休憩後に、遅れて場内に入った二人が立ち見で聴く音楽はブラームスの交響曲第3番の第3楽章が聴こえてくる。

 

さて、ここでやっと、ブラームスの交響曲第1番へ戻る。

ブラームスの21年もかけて作曲された交響曲第1番。最愛の女性、しかも夫がいた女性との往復書簡に費やした43年という長さ。

 

この2つの事実が、最初にのべた、「ブラームスの旋律(メロディー)のとにかく長い」ということの大元になっているのではないか? そんな感じがしてならない。

 

つまり、ブラームスの執拗なくらい一本気ともいえる性格、いいかえれば非常に辛抱強い性格。最後まであきらめない、覚悟のようなものを、ブラームスの考える完全な交響曲へと導いたのではないだろうか。

 

ちなみにブラームスの第2番から第4番の交響曲は第2番が4ヶ月、第3番が5ヶ月、第4番が、約2年と、第1番のように作曲に21年もかかることがなかった。それは、クララが助言を与えたことも含めて、ブラームスが交響曲というジャンルへ自信を深めた結果にほかならないと思われる。

 

ちなみに、クララ・シューマンが1896年5月20日に76歳で生涯を閉じた、その翌年、ブラームスも、後を追うように1897年4月3日に63歳で生涯を閉じている。ブラームスは生涯独身を貫いた人生であった。

 

本全集を演奏しているサー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のブラームス演奏について最後に述べることにしよう。今まで語ってきたように、ブラームスは、もともとロマンチックなだけに、演奏にもその気分が乗り移って表現過多になる演奏が、これまで多かった。

 

ところが、サー・ラトルの場合は、一度、このロマンティックという要素をいったん1から考え直し、楽譜にブラームスが記した音符や、ブラームス自らの音楽への指示だけに特化して演奏するように指揮をしている。これによって演奏自体がロマンチック過多になることなく、ブラームスが込めた音楽のエッセンスを、まるごと汲み取りいつ聴いても素晴らしい演奏へと変貌させている。

 

冒頭にブラームスのメロディーほど、年齢をへて聴くと口ずさみやすいメロディーになったと書いたが、確かに最初は少しとっつきにくいかもしれないが、なんども聴いていくうちにブラームスのメロディーを実に大切に聴こうという気が湧いてくるのだった。

 

なお本交響曲全集は、2011年SACD3枚組としてリリースされたが、そのときの価格は6,171円だった。今回MQAのハイレゾで一度にダウンロードすることができるようになり、価格も2,571円に抑えられ(2018年2月現在)入手しやすくなった。

 


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参考資料

『クララ・シューマン ヨハネス・ブラームス 友情の書簡 B・リッツマン編 原田光子編訳 みすず書房刊』

 

おすすめ映画

『さよならをもう一度』DVD(アナトール・リトヴァク監督 イングリッド・バーグマン、イブ・モンタン、アンソニーパーキンス 1961年米・仏(廃盤※)

※紀伊國屋書店・現在廃盤中。古書店等で見つけることが出来ます。なお、カバー写真は実際と異なる場合があります。

おすすめ書籍

『ブラームスはお好き』フランソワーズ・サガン著 朝吹登水子訳 新潮文庫

 

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