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イタリア・ルネサンスの画家ジョルジョーネ(1487年頃-1510年)の『テンペスト』です。本作が初演されたヴェネチアにあるアカデミア美術館所蔵のこの絵画は、第3幕の居酒屋の内と外を彷彿とさせます。もしかすると作曲者ヴェルディは本作の参考にしたのではないかと思います。1979年メトロポリタンオペラ上演の『リゴレット』で美術を担当したジョン・デクスターは、この絵画『テンペスト』を参考に舞台を作りました。(ウィキペディア)
イタリア・ルネサンスの画家ジョルジョーネ(1487年頃-1510年)の『テンペスト』です。本作が初演されたヴェネチアにあるアカデミア美術館所蔵のこの絵画は、第3幕の居酒屋の内と外を彷彿とさせます。もしかすると作曲者ヴェルディは本作の参考にしたのではないかと思います。1979年メトロポリタンオペラ上演の『リゴレット』で美術を担当したジョン・デクスターは、この絵画『テンペスト』を参考に舞台を作りました。(ウィキペディア)

 

第3幕では、殺し屋スパラフチーレとその妹マッダレーナの経営する場末の居酒屋でマントヴァ公爵は、ジルダとは違う女性(マッダレーナ)との逢瀬を楽しみにやってきて歌うのが、冒頭でも触れた有名なアリア「女心の歌」(トラック29)です。

 

「女心は風に舞う羽のようにきまぐれ」まるで、自分がいろいろな女に触手をのばすのは、自分のせいではなく、女心がきまぐれだからにほかならないと豪語する、好色なマントヴァ公爵です。このアリアを歌うのは、ディ・ステファノ(テノール)が、若き好色で軽い公爵を名テナーが歌い上げています。これを外の陰から耳にしているのは、公爵への復讐に執念を燃やすリゴレットと、今でも公爵を愛しているジルダなのでした。

 

1851年ヴェネチア、フェニーチェ座での初演時の『リゴレット』のポスター
1851年ヴェネチア、フェニーチェ座での初演時の『リゴレット』のポスター

初演の時のマントヴァ公爵をうたった フェリーチ・バレージ
初演の時のマントヴァ公爵をうたった フェリーチ・バレージ
初演のときのジルダをうたったテレサ・ブランビッラ
初演のときのジルダをうたったテレサ・ブランビッラ


 

 ちなみに、この「女心の歌」は、作曲者ヴェルディとしては、作曲当時、誰にでも口ずさめるように、あえて音域を狭くして作曲し(現代のアイドルの楽曲のようです)、ほかに楽曲を盗まれることを恐れて、初演の数日前までひた隠しにしていたそうです。初演されたその日から、初演の地ヴェネチアでは、老若男女が、この「女心の歌」を口ずさんでいたぐらい有名になったんだそうです。

 

■4つめの聴き所は立場の違う4者4様の掛け合いで見せるカラスの凄みのある激情!(トラック30)

 

一方、ぼろぼろになったジルダをかかえてマントヴァ公爵邸からやっと脱出してきたリゴレットは、娘を奪ったマントヴァ公爵への復讐をたくらみ、殺し屋スパラフチーレ(ニコラ・ザッカリア・バス)にマントヴァ公爵殺害を依頼します。マントヴァ公爵は、街のはずれの、スパラフチーレと妹マッダレーナ(アドリアーナ・ラッツァリーニ・メゾ・ソプラノ)のやっている居酒屋で、ジルダとは別の女性(マッダレーナ)との逢瀬を楽しもうとやってきます。

 

マントヴァ公爵の殺害を、リゴレットから依頼されたスパラフチーレは、約束通り、マントヴァ公爵殺害を実行しようとするのですが、妹マッダレーナが、公爵に惚れ込んでしまい、公爵の殺害の代わりに、「別人を殺して袋詰めにすれば、殺しを依頼したリゴレットにはわからないのじゃないか」と兄スパラフチーレに謀ります。ジルダの立場は実に微妙です。公爵に陵辱されてもなお、公爵との愛は残っていて、公爵を守ろうとするのです。

 

ここで歌われる、公爵、その妹マッダレーナ、リゴレット、ジルダの4重唱は、もっとも聴き所です。(トラック30)

 

なぜかといえば、それぞれのキャラクター リゴレットとジルダは、居酒屋の外で公爵の様子をうかがっている。公爵はひたすら居酒屋内で別の女マッダレーナをくどきまくる。マッダレーナは、公爵からくどかれていることに自分でも悪い気持ちはせず、公爵をひたすらじらしている。ジルダは公爵のほかの女をくどいているのが信じられないという表情で唖然とする。呆然とするジルダを慰める父リゴレット。4者4様の思いを、4重唱でもって、実に一度に歌い合うのです。

 

 公爵 (マッダレーナに対して)「どうもあなたにはいつか、お目にかかったようですね。訪ねてみたいと思っていたのだが、こことわかった次第です。そのとき以来ぼくの心はあなたを想うて気もそぞろ」

 

ジルダ (公爵のマッダレーナへのくどき文句を外で耳にして)「うそつき!」

 

マッダレーナ(スパラフチーレの妹アドリアーナ・ラッツァリーニ・メゾ・ソプラノ演じる)「アッハッハ、20人に手を出して今頃はみんなお忘れ。若様はどう見てもいっぱしの浮気男」

 

公爵「そうとも……その道では……」(マッダレーナにキスしようとする)

 

ジルダ 「ああ、お父さま……」

 

マッダレーナ 「放して!愚か者」

 

公爵 「何を騒ぐ!」

 

マッダレーナ 「やめて!」

 

公爵 「おとなしくしたまえ、そう、じたばたしないで。分別のあるのは、喜びと愛のなかだ……( マッダレーナの手をとる)きれいな手だな!」

 

マッダレーナ 「ご冗談ばっかし!」

 

公爵 「いや、いや」

 

マッダレーナ 「あたしは不器量」

 

公爵 「ぼくを抱いてくれ」

 

ジルダ 「うそつき!」

 

マッダレーナ 「夢中ね……」

 

公爵 「熱い恋で……」

 

マッダレーナ 「あなたって人、誰にでもからかってみたいのね?」

 

公爵 「いや、いや、きみを嫁に……」

 

マッダレーナ 「信じたいわ」

 

公爵 「(皮肉に)かわいいお嬢さん!」

 

リゴレット 「(一部始終を見てとったジルダに)これでも不足か?」

 

マッダレーナ 「信じたいわ……」

 

ジルダ 「裏切り者!」

 

公爵 「かわいいお嬢さん!」

 

リゴレット 「これでも不足か?」

 

マッダレーナ 「信じたいわ」

 

ジルダ 「裏切り者!」

 

公爵 「かわいいお嬢さん」

 

リゴレット 「これでも不足か?」

 

公爵 「美しい恋の娘よ。ぼくは君の色香のとりこ きみの言葉がありさえすれば、ぼくの悩みも慰められる。ぼくの心の立騒ぐ胸のうちをさあ聞いておくれ。きみの、きみの言葉がありさえすれば、ぼくの、ぼくの悩みは慰められる」

 

マッダレーナ  「アハ、アハ、おかしくてならないわ。そんな手には乗らないことよ」

 

ジルダ 「あんなくどきを聞くとは」

 

マッダレーナ 「あなたの冗談がどんなものか、あたしにゃはっきり読めますわ」

 

ジルダ 「なんという侮辱だろう」

 

リゴレット 「(ジルダに暗く)おだまり、泣くには及ばぬ。おだまり、おだまり、泣くには及ばぬ。及ばぬ、及ばぬ、及ばぬぞ」

 

ジルダ 「あわれ裏切られた心よ。苦しみに張り裂けぬように!張り裂けぬように!」

 

公爵 「きみの言葉がありさえすれば、ぼくの悩みは慰められる」

 

マッダレーナ 「あたしだって、殿方よ、似たいたずらをやれるわよ。うるわしの殿方よ」

 

公爵 「美しい恋の娘よ・ぼくはきみの色香のとりこ。きみの、きみの言葉がありさえすれば、ぼくの、ぼくの悩みは慰められる」

 

ジルダ 「あわれ裏切られた心よ。張り裂けぬように、あわれ、あわれ裏切られた心よ」

 

リゴレット「だまされたことは飲み込めたはず」

 

マッダレーナ 「アハ、アハ、おかしくてならないわ。そんな手には乗らないことよ。あなたの冗談がどんなものか、あたしにゃはっきり読めますわ。あたしだって殿方よ、似たいたずらをやれるわよ。あなたの冗談読めますわ、アハ!」

 

公爵 「きみの言葉がありさえすれば、ぼくの悩みは慰められる。ぼくの心の立騒ぐ旨うちをさあ聞いておくれ。さあ、聞いて!」

 

リゴレット 「(ジルダに対して 暗く)おだまり、わしの方寸によって仕返ししてくれる。さあ、したくを、運命の時だ。やつを一刀両断にしてくれる。わしのいうとおり家に帰り、路銀を携え馬に乗って、わしが貸す男の服をまとうて、ヴェローナに発つのだ・・・・・・向こうで会おう」

 

ジルダ 「あなたも・・・・・・」

 

リゴレット 「だめだ・・・・・・」

 

ジルダ 「怖いわ」

 

リゴレット 「いけ!(ジルダ去る)」

 

リゴレットの初演が行われたヴェネチア・フェニーチェ劇場 写真提供:野村和寿氏
リゴレットの初演が行われたヴェネチア・フェニーチェ劇場 写真提供:野村和寿氏

恋の鞘(さや)当ては、いつの世にも存在することなのですね。解説するのも野暮ですが、マントヴァ公爵(テノール)は、一夜の相手となるマッダレーナ(アルト)にひたすら気に入られようと、くどき続け、マッダレーナは、勝手知ったるごとく、軽くいなす。

 

このふたりのじゃれ合いを、外から聴いていた純粋な娘ジルダ(ソプラノ マリア・カラス)は、公爵が自分にいったのと同じかそれ以上のくどきのせりふを、ほかの女性にしていることにショックを受ける。ジルダをなぐさめる、父親リゴレット(バリトン)という図式で、ヴェルディは、この4者4様のソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトンでもって、同時に別々の感情を歌にして、しかもアンサンブル(掛け合い)にしている。と野暮ったく言えばそういう解説になります。それにしても、これを作曲したヴェルディの掛け合いは面白く、またオペラの醍醐味でもありますね。

 

それだけですまないのが、本作品で、マリア・カラスの演じるジルダが、ひとこと「なんという侮辱だろう」と歌ったり、「あわれ裏切られた心よ」と歌うただそれだけで、まったくほかの3人をくってしまい、聴き手はますます、カラス演じるジルダの境遇に同情の念を禁じ得ない。それだけ、マリア・カラスの歌唱はここでは『リゴレット』の中で一番ともいえる劇的な場面です。

 

実は、公爵を守るために、ジルダは男装をして、居酒屋を訪ね、そして、マントヴァ公爵が2階で違う女、殺し屋スパラフチーレの妹マッダレーナと戯れていることを見聞きし、絶望しながらも、「マントヴァ公爵のことを愛している」と歌います。殺し屋スパラフチーレは、最初に居酒屋にやってきた男性 この場合、男装のジルダを、公爵の身代わりに殺してしまいます。

 

そして、約束通り、リゴレットに、その屍(しかばね)の入った麻袋を手渡すのです。リゴレットは「これで、娘の敵(かたき)を打った」と喜びますが、そのときに、マントヴァ公爵の歌う「女心の歌」が遠くから聴こえてきます。公爵は殺されておらず、まだ生きていたのです。それも青春を謳歌するかのように、鼻歌を歌いながら。

それでは、この麻袋の中に入った死体は? と、リゴレットが死体をチェックすると、あろうことか、男装した娘ジルダその人なのでした。虫の息のジルダは、公爵を守るために自分が身代わりになったということを、虫の息に語るのでした。そして、迎えたジルダの死。絶望する父親リゴレット。

 

ここまでで、マリア・カラスの歌唱は、3つの種類を数えます。最初は可憐でなにも世間を乙女からはじまり、若い青年に恋心を抱き、2つめは、青年が公爵だということにショックを受け、公爵に拉致され、陵辱される。3つめはしかも、それでも、公爵のことを、どこかで憎むばかりかどこかで愛してもいる。そして、最後には公爵の身代わりになって死を迎えるのです。

 

『リゴレット』の結末直前に息も絶え絶えとなったジルダ(トラック36)は、父親リゴレットに「お父さま、剣がここに刺さったの。お父さまをだましたの。悪いのはわたし。あの方を愛したあまり身代わりになって死ぬの。私に口をきかせないで。私を・・・あの人を許して。娘を祝福してください。お父さま。かなたの大空・・・お母さまの傍らで、いつまでもお父さまのために祈ります。かなたの大空・・・お母さまの傍らで。いつまでもお父さまのために祈ります。お父さまのためにお祈りします。もうだめ。あの人を許して。お父さま さようなら。かなたの大空・・・お母さまの傍らで。お父さまのために」といって事切れます。

父親リゴレットは叫ぶのです「あの呪いのせいだ!」ここで悲劇の幕は下ります。

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