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『永遠のイタリア・オペラ デュエット集』 マリア・カラス &ディ・ステファノ ワーナーミュージック・ジャパン
『永遠のイタリア・オペラ デュエット集』 マリア・カラス &ディ・ステファノ ワーナーミュージック・ジャパン

 

▇2つめの聴き所は若き青年とジルダとの初恋の二重唱!(トラック13・14・15)

 

若き青年は、ひそかに、教会からジルダの後を追いかけて、リゴレット邸に忍び込んでいたのです。ここで、2つめのカラスの名場面、若き青年と若き娘ジルダとの二重唱です。

 

マリア・カラスとディ・ステファノの録音風景 写真提供 ワーナークラシックス
マリア・カラスとディ・ステファノの録音風景 写真提供 ワーナークラシックス

 

 ジルダ 「貴族でも公子でもあってほしくないの。貧乏だったら、貧乏だったら、なお好きだわ。寝ても覚めてもあの方の名ばかり。あたしの心は夢中になっていうの……あなたをア……」

 

青年 「アイします!あなたを愛します!と、愛しい言葉を繰り返しておくれ。満ち足りた天国を開いておくれ」 

 

ジルダ 「どうしよう だあれも返事をしてくれないのね……おお、だあれも!」

 

青年 「ぼくが答える。まごころをもって、ああ、愛し合うふたりが全世界だ」

 

ジルダ 「いったいどなたの案内でこれへ?」

 

青年 「天使でも悪魔でも、かまわないでしょう。ぼくはあなたを愛する」

 

ジルダ 「お帰りなさって!」

 

青年 「帰れと?……すぐに! 同じ火を灯した今なのに! ああ、分ちがたい愛をもって神さまが、おお、乙女よ。二人の運命を結びつけたのに!愛こそ命、心の太陽だ。その声は、我らの心臓の鼓動だ。名声も栄誉も権力も王位も、娑婆(しゃば)のものはここではもろい。ただひとつだけが神聖になる。愛だけが天使に近づくのだ。愛だけが天使に近づくのだ。されば愛し合おう、天上の女性(にょしょう)よ、

 

ジルダ(モノローグ)「ああ、あたしの乙女心の夢とは、この優しい声だったのだわ)」

 

青年 「愛し合おう!愛し合おう!あなたのため、ぼくは人にうらやまれる身だ!ぼくを愛すると、さあ、もう一度」

 

ジルダ 「お聞きになったのね?」

 

青年 「おお、ぼくは幸福だ」

 

ジルダ 「お名前をおっしゃって……知ってはなりませんの?」

 

青年「(思案して)ぼくの名は……」

 ・・・・・・・・・

青年 「グワルティエル・マルデ……学生です……貧しい…… (ああ、恋の邪魔をする裏切り者をつみ出せたらなあ)一言、ぼくを愛すると!」

 

ジルダ 「あなたは?」

 

青年 「命の限り……それから……」

 

ジルダ 「やめて、やめて……いらして……やめて……いらして……」

 

青年 「さようなら、さようなら……望みと魂」 

 

ジルダ「さようなら、さようなら……望みと魂」

 

青年 「ぼくにはあなただけ。さようなら、さようなら、さようなら、さようなら。永久(とわ)に永久に永久に生きよう。あなたを恋う心は」

 

ジルダ 「あたしにはあなただけ、あなただけ さようなら さようなら さようなら 永久に永久に永久に生きよう。あなたを思う心は」

 

青年 「さようなら、さようなら、望みはあなただけ。さようなら!」

(青年は出て行く。ジルダはその後の戸口をじっと見つめている)

 

特にトラック15の、ジルダと貧しい青年(本当はマントヴァ公爵)の2重唱の最終部分で、「アディオ アディオ(さようなら さようなら)」とお互いを呼び合って、二人が別れていく場面は、注目です。言葉が「アディオ」とわかりやすいイタリア語です。アディオとは、「さようなら」という意味ですが、通常、イタリア語で、「さようなら」といえば、「アリベデルチ」とか「チャオ」というのですが、ここでは、「アディオ」となぜいっているかというと、「アディオ」は、「今生の別れ」という意味があり、もう二人が逢うことができないということを、作曲者ヴェルディが、早いテンポの二人のかけあいの歌の中で暗示しているのでした。

 

青年がリゴレット邸を去ってからジルダは、心を込めてアリア「慕わしき御名(みな)」をうたいます。(トラック16)

 

 ジルダ 「グワルティエル・マルデ 恋しいきみの名よ 恋慕う胸に彫りつけられよ!愛しい御名を聴いただけでも、あたしの胸はふるえおののく。おまえはいつも恋の喜びを思い起こさせるに違いない。それを思うごとに、あたしの願いは、おまえのもとへ飛んでゆく」

 

(ランターンをもってテラスに昇ってゆく)「グワルティエル・マルデ!」

 

(テラスの上で) 「グワルティエル・マルデ! 愛しい名を聞いただけでもあたしの胸はふるえおののく」

 

(室内に戻る、声しだいに消える)「いまわの息も、いとしいみ名よ、おまえのものとなるだろう。 グワルティエル・マルデ! グワルティエル・マルデ!」

 

この場面でマリア・カラスは、可憐なだけでなく、声が少しだけうわずらせても構わないかのように、心がときめき、恋がまさに、いま、芽生えたようになめらかに、素敵な動きのある高い声が上下するという、技巧的にはとても難しいとされるアジリタ(細かくて早いパッセージを歌う)と呼ばれる声の技法を使って少女から、ときめくような女性の一面をちらっとのぞかせるのです。

 

ヴェルディの作曲技法は見事という他なく、高鳴る心の高鳴りのドキドキする感じとか、性急に、気持ちの移り変わっていくときに、音楽が強くなっていく(クレッシェンド)ときのわくわく感が、オペラ全体を興奮へといざなってくれています。オペラのやりとりを、こうやって書いてくると、歯の浮くような愛のせりふが多くて少々気恥ずかしくなってくるのですが、これが、マリア・カラスの歌唱で聴くと、ずいぶんと美しく、うっとりとするような聴こえ方がしてきますからまことにオペラとは不思議なものです。

 

ここで、もうご承知のように、若く美しく、しかも貧しい青年(グワルティエル・マルデ)というのは、ジルダの想像上のもっとも、恋人にふさわしい境遇であり、青年は本当は、そんな境遇ではなくて、マントヴァで一番地位の高いマントヴァ公爵その人が、ジルダの欲する境遇に合わせただけの存在なのでした。

 

「悪巧み」というのは、マントヴァの宮廷にも渦巻いていました。「道化のリゴレットには、囲っている “情婦”がいて、これがまた、めっぽう “別嬪”で実に“いい女”だ」という噂が知れ渡り、宮廷のマルーロ以下の部下たちは、その女性の拉致を決めたのでした。

 

そして、宮廷の部下たちは、「マントヴァ公爵のために、人のかみさんを拉致しに行くのだ」と、リゴレットに嘘をついて、実は、その邸の向かいにあるリゴレットの家に、押し入ります。公爵の部下のマルーロたちに目隠しをされて、梯子をかけてやり拉致一味を、リゴレット邸に押し入らせてしまいます。目隠しをとったリゴレットは、「マルーロたちが押し入ったのは、自分の家だと気がついた」ときは、もうとき遅く、娘ジルダがさらわれていった後でした。リゴレットは「呪いだ!」と叫び第1幕は終わります。

 

マントヴァ公爵の扮装。このポスターは、20世紀初頭に活躍したエンリコ・カルーソーのマントヴァ公爵です。(ウィキペディア)
マントヴァ公爵の扮装。このポスターは、20世紀初頭に活躍したエンリコ・カルーソーのマントヴァ公爵です。(ウィキペディア)

 

第2幕の最初で、性急な心の動きを見透かすような音楽が鳴る中で、マントヴァ公爵が、「あの娘はさらわれた」(トラック19)と、ジルダがさらわれたことを知ります。「あの清らかなまなざしの娘にすっかり参ってしまった。仕組んだのは誰か? この恨みははらすぞ。彼女のまつげから流れている涙が、わたしにはわかる」と。そこへ公爵の部下たちが、「リゴレットの情婦たぐいまれな美女を拉致してきました」と、御注進します。公爵は、内心それはジルダだと気づくのです。しかし、公爵はまだ心が動揺しています。その美女は今どこに? 部下たちは「われわれの手であちらに」と公爵の寝室を暗示する居室を指し示します。

 

公爵も、「苦学生 グワルティエル・マルデ」 から好色ないつもの姿にもどり、「天はわしからすべてを奪いはしなかった。力強い愛情がわしを呼んでいる。あの娘のもとへ飛んで行かねば。彼女の心を慰められるならわしの王冠を与えてもよい。今こそ愛する男の正体を知ってくれたなら、そして愛の神の奴隷は、玉座にも居ることをわかってほしい」と叫びます。

 

マントヴァ公爵邸のモデルとなった、マントヴァの領主ゴンザーガ家の「テ」宮殿。1535年ゴンザーガ家の夏の離宮として建設されたもので、ルネサンス中期の建築家・画家として知られるジュリオ・ロマーノによって設計、建築されました。(ウィキペディア)
マントヴァ公爵邸のモデルとなった、マントヴァの領主ゴンザーガ家の「テ」宮殿。1535年ゴンザーガ家の夏の離宮として建設されたもので、ルネサンス中期の建築家・画家として知られるジュリオ・ロマーノによって設計、建築されました。(ウィキペディア)

 

あわれな悲哀の歌をうたいながら宮廷に追いかけるように乗り込んだ父リゴレットは、公爵の部下たちに対して、「貴様らがさらった若い娘はわしの娘だ」と叫びます。「娘を返せ!わしの娘は金では買えぬ宝だ。我が子を守るとなればわしの手は貴様らの血で染めてやる。人間としてこの世に恐れるものはない。わが子を守るとなれば。人殺しどもめ、その扉をあけてくれ」と父親としての悲哀をうたうのです。さすがに黙ってしまう公爵の部下たち。「この老いぼれに娘を返してくれ」と、しまいには慈悲にすがる父親リゴレットでした。「あの娘がわしにとってこの世のすべてなのだ」

 

時すでに遅し、リゴレットの娘ジルダは、マントヴァ公爵の寝室と思われる居室へと連れて行かれ、そこで、マントヴァ公爵は、ジルダとの夜を共に過ごしたことが暗示されます。

ジルダは、ほうほうの体で、公爵の居室から逃げ出してきて、父親リゴレットと再会を果たします。ジルダは、父親リゴレットに、公爵から恥ずかしめを受けたことを、告白するのでした。部下たちを追い払い、父と娘の二人っきりになったリゴレットとジルダ。

 

 

■3つめの山場はリゴレットとジルダ父娘の悲痛な叫び!

 娘ジルダと父親リゴレットのアリアです。ここがから3つめの山場です。(トラック24)

 

ジルダ 「天よ、勇気をお与えください。日曜ごとに教会堂で、神に祈っているときに、ふと美しい若者が眼の中に入りました。お互い口をきかずとも、目が目に語る心持ち。きのうの晩にあの方は、忍んでここに見えました。ぼくは貧しい大学生、声震わせていうのです。胸は早鐘打ち始め、恋を打ち明けなさいました。分かれた後に残るのは、恋し慕わし会わまほし。時しも賊があらわれて、あたしをさらっていきました。いやがるあたしを無理無体。引き立てたのがこの屋敷」

 

リゴレット モノローグ「(恥は私だけにして!)そう神様に願ったのに。わしは地獄におちたとて、あの子は天に昇れるよう!ああ処刑台のかたわらに、祭壇が要るものだ。だがもう万事休す、祭壇もついえてしまった!祭壇もついえてしまった!ああ!」

 

リゴレット 「お泣き、お泣き、娘や、娘や、お泣き……」

 

ジルダ 「お父さま」

 

リゴレット 「お泣き お泣き、娘や。涙をわしの上に 流すがよい。娘よ、娘よ、わしの胸の上に」

 

ジルダ「お父さま、あなたの胸の中にはあたしを慰めてくださる天使がいますわ」

 

リゴレット 「やるべきことはみなやった。こんな不吉な所に未練はない」

 

ジルダ「はい」

 

リゴレット・モノローグ (1日でこうも変わるものか!)

 

 

ヴェルディは涙のしたたる音までも音楽で表現しているから素敵です。

 

ジルダにとって、自分の恋いこがれた貧しい学生は、実はマントヴァ公爵であったこと、そして、純朴な青年は、ジルダに近づく単に隠れ蓑だったこと。そして、そのマントヴァ公爵によって、陵辱されたことへの恥辱と、いくつものショックが彼女を覆います。

 

 

第2幕の最終場面は、父親リゴレットと、娘ジルダとがみせるかけあいです。(トラック27)

音楽は、だんだんと早くなっていき(アッチェラランド)、だんだんと強めになっていきます(クレッシェンドといいいます)。

 

父一人娘一人。父を思いつつも、恋人のことが忘れられないジルダが果敢にも高音に挑んでいくマリア・カラス。これに答えるかのように、父親リゴレット役の、ティト・ゴッビも太いバリトンで父親の愛情をいっぱいに熱唱します。男らしい太い声は、まるで、娘を守る父親の強さのようです。

 

リゴレット 「かたきはわしがとる!」(肖像画に向かい、激しく)「よおし、仇討ち、恐ろしい仇討ち、頭の中はそれだけだ……。貴様を断罪に処するときは迫っている。まさに天罰てきめんというもの。神の投げたもう雷電のように道化師に貴様が斬れないでなるものか」

 

ジルダ 「おお、お父さま なんという恐ろしげな喜びが。お目の中にひらめくではないの!」

 

リゴレット「仇討ち!」

 

ジルダ 「お許しを……あたしたちにたいして お許しの声が天から来るでしょう」

 

リゴレット「仇討ち!」

 

ジルダ 「お許しを お許しを」

 

リゴレット 「いや いや!」

 

ジルダ 「あたし裏切られたけど、やっぱりあの方が好き!神様、恩知らず者にもお許しを」

 

リゴレット 「神の投げたもう雷電のように」

 

ジルダ 「お許しを……」

 

リゴレット 「道化師に貴様が斬れないでなるものか、道化師に貴様が斬れないで。そうとも、道化師に貴様が斬れないでなるものか」

 

ジルダ 「お許しの声が天から来るでしょう。来るでしょう。ああ、お許しを、お許しを」

 

 

このときのジルダ役のマリア・カラスの熱唱はまさに聴き物であり、公爵への恋から、公爵への愛を。今度は、可憐なだけでなく、強い心も兼ね備えた女の歌唱へと変身して歌い上げます。マリア・カラスの歌は微妙な女心を表しています。自分が恋こがれていた青年が、豹変して、監禁された部屋で、迫ってきたこと。その屈辱に乙女の心はずたずたに切り裂かれます。しかし、それとともに、このこの青年=マントヴァ公爵のことをすっかり愛してしまった女としての一面。乙女心と両極端な仕打ちの後でさえも、父親の発する公爵への復讐という言葉に、公爵を許してほしいという、一途な乙女心さえも、残すのです。

 

あるときは、ずたずたにされた乙女、あるときは、しっかりと愛をもった女性をマリア・カラスは、圧倒的な声の表情を変化させていくことで、聴き手の心をわしずかみにするのです。それは激しくも愛らしい告白にも似た歌唱でさえあるのです。(続きを読む)